アラサーホストになる【エピソード20 ホストクラブのヤバイ客】
ホストクラブのヤバイ客
A子は定期的に店に通うようになっていた。
この頃、歌舞伎の出張ホストとは関係が破綻していて、その愚痴を聞くのが専ら僕の役目だった。
愚痴が出るのはもちろん好きだからこそで、ようは好きな人が他の女と関係を持つのが許せないと言う訳だ。
「他の女の乳首をべろべろなめてる男なんてきもちわりい!」
とディスっていた。
何と言うか元も子も無い意見だ。
その人はそういう仕事をしているのだから仕方ない。
それを承知の上でサービスを受けたのに、好きになったら自分だけのものにならないと気が済まないのだ。
思い通りにならなければ、落ち込んで誹謗中傷して、最終的には恨みと言う感情に変わる。
出張ホストも気の毒だ。
それに、自分が風俗という商売をしている事を一切棚に上げた意見だった。
彼女はよく自分の一切の事を棚にあげて他人を批評した。
他の女と連絡を取るのは許さないし、AVを見るのもダメ、極めつけは女性アーティストの曲を聴くのも許さないという事だった。
その割に彼女は、歌い手のまふまふさんの大ファンだった。
当然出張ホストとは上手くいかず、落ち込んでいる時に慰めたのが僕だった。
僕はどこにも居場所の無い彼女の居場所を作ろうと、なるべく彼女の事を楽しませるように努めた。
いわゆる友達営業スタイルで行くと決めたのだ。
僕以外にも、仲のいい従業員を作って欲しくてヘルプのホストにも積極的に絡んでもらった。
ただ、これが微妙に間違いだった。
と、言うのも、彼女がヘルプのホストの事を好きになってしまったのだ。
意外にもこういう事はよくある。
空気が読めないホスト
彼女が好きになったのは全く売れていない先輩のうるはさんだった。
うちの店では、一定の売り上げを売らなければ名札をつけなければいけないルールがあって、新人であればまずは名札を外すことを目標に頑張る。
僕は入店3ヶ月で名札組を卒業したけど、彼は2年経っても名札を外せない、言ってしまえば店のお荷物ホストだった。
レギュラーで毎日出勤しているのに、いつまでも名札を付けているのはうるはさんだけだった。
当然そんなんだから店での肩身も狭くて、毎日のように代表や幹部に怒られ、後輩からもなめられ、挙句客からも嫌われていて、ほとんどの席でNGをもらっていたので、ヘルプにすらつけない有様だった。
おしゃべりでうるさい人だったから、ごく少数の人には好かれてはいたけど、圧倒的に空気が読めない人だった。
そんなうるはさんがいたたまれない所もあって、A子の席にヘルプでついてもらったのが事の発端だった。
二人は思いの他気が合って A子はうるはさんとだけは楽しそうにおしゃべりしていた。
うるはさんも久しぶりにヘルプでつける席があって嬉しかったのか、本当に楽しそうにA子と喋っていた。
まあ、僕には分からない世界だけどとりあえず仲のいいヘルプが出来てよかった。
と安心していた。
しかし、違った・・・
僕が全く会話に入れない・・・
本来ヘルプは、常に空気を読んでその場を盛り上げなければいけない。
客はもちろん、担当ホストの事も立てて、 二人の関係を良好にする役目も課されている。
しかし、うるはさんは自分が楽しくなってしまったあまり、僕の事を置いてきぼりにしたのだ。
A子うるはさんに担当を変えたいと言い出した。
前にも触れた事があるけど、ホストクラブは基本的に永久指名制で、一度担当を決めたら途中で変える事は出来ない。
ヘルプのホストとは連絡先を交換するのも禁止だし、担当抜きで外で会うのも当然禁止だ。
それを知るや否や、彼女は急に泣きだしだ。
ホストクラブのヤバイ客
「どうしたの?大丈夫?」
「自分で考えろ!!」
あまりにもいきなりだったので動揺した。
「うるはさんに指名を変えられないのが嫌なの?」
「お前が指名になってるせいで、あの人と遊びにいけない!ふざけるな!」
「そしたら、担当はオレのままでうるはさんに会いに来るしかないよ。」
「そんなの辛いだけだろ!今すぐ辞めろ!お前が辞めれば指名変えられるんだろ!だったら今すぐ辞めろ!」
なんていう自己中心さなんだろうか。
普通に信じられなかった。
「それは出来ないよ。」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!どう責任とってくれるんだよ!」
「責任って、、オレにはどうしようも出来ないよ」
「お前それでもホストかよ!客の事を一番に考えろよ!指名変えられないとしたらお前には何ができんだよ!私の為に何をしてくれんだよ!」
今まで色んな仕事をしてきたけど、正直ここまでのクレーマーは見た事が無かった。
スカッとジャパンに出てくる悪質クレーマーでもこのレベルは出てきていないと思う。
ここで反論しても火に油を注ぐ事は分かっている。
何を言っても無駄な人ってたくさんいる。
「何って、、オレだってA子の事を楽しませるように一生懸命頭張ってるつもりだよ。」
「私は全然楽しくない!うるはさんと喋ってる時だけ楽しいの!お前は顔も気持ち悪いし、性格もうざいし、私の事傷つけるだけでストレスにしかなってない!」
マジか、こいつ・・・
僕がいつ彼女の事を傷つけたかなんて謎だった。
少なくとも言葉のナイフで僕の事を滅多刺しにしているのはそっちだ。
流石にキレそうだった。
うるはさんは、遠くの方で僕たちの様子を見つめてた。
他の客も、別の卓にいたホストも様子が気になるのか、ちらちらこちらを見ているようだった。
会話は堂々巡りだった。
何度同じ事を言っても、人の意見を聞くような子では無い。
その後同じ押し問答を繰り返した結果、我慢できずに僕はキレてしまった。
と、言うか強引にでも帰ってもらわないと、一生終わらない気がしたのだ。
「もういいよ!お前帰れ!」
急に口調を変えた僕に驚いたのか、彼女は一瞬目をまるくしたけど、すぐに反撃に出た。
「ふざけるな!私は客だぞ!!」
流石に話しにならないと思った。
「お前なんて客でもない!金は払わなくていいから帰れ!それでもう終わり!うるはさんともオレとも会うことはないからじゃあね。」
そう言って、伝票をとって会計を済ませようとした。
その瞬間、彼女はポーチからカミソリを取り出して僕の首元につきつけて喚き始めた。
「死ね!死ね!死ね!今すぐ死ね!!!!」
流石にダルすぎだ。
世の中にこんなダルい事があるだろうか。
「切りたいなら切ればいいよ。別にそんな事されても怖くないよ。」
僕はあきれた感じで言った。
「私の事舐めるなよ!元カレの事も本当に殺しかけたんだからな!」
この話しは以前から何度も聞いていた。
同棲していた元カレと喧嘩の挙句、彼女は元カレの首をしめて半殺しにして2週間ほど警察のお世話になったらしい。
「キレた時の私の力をなめるなよ!お前なんか簡単に殺せるんだからな!!」
(スーパーサイヤ人かよ!)
心の中でつっこんだ。
そのあとも喚き散らした挙句、今度は自分の手首にかみそりをあてて本当に手首を切り出した。
もともと彼女の手首には無数のリストカットの跡がある。
「お前の目の前で今すぐ死んでやる!全部お前のせいだからな!遺書にお前のせいだって全部書くからな!」
マジでダルすぎる。
今までの人生で出会った人の中でぶっちぎりで一番ダルい。
絶対にそこまで言われるような事を僕はしていない。
彼女の手首から赤い血が滲んだ。
流石に宥めるしかなかった。
とりあえず謝って手首を切らないようにお願いした。
「A子が手首を切ったらオレも悲しいから、ごめんね。」
そう言って彼女の手首を握ってふさいだ。
彼女はそのまま泣き出した。
そして10分くらいして急に真顔に戻った。
「あれ、私なんの話ししてたんだっけ?」
「急に記憶が飛んだ。たまにあるんだよね。」
意味深な事を言った。
もしかして多重人格症とかなのだろうか。
それとも演技なのだろうか。
よく分からないけど、その後彼女は怒っていなくて全く別の話しをベラベラと喋りだした。
僕はとりあえず猛烈にタバコが吸いたかった。
帰宅する時、彼女は一切怒ってなくて、手を振る僕達に笑顔で手を振り返してきた。
流石に意味が分からなかった。
ーーーエピソード21へ続くーーー
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